秋学期にアート&テクノロジーってゆう授業があって、
その講義で先生が
「発想力があれば誰でもアーティストになれる」
そしてまた前衛的な作品をパワーポイントで映して
「これがアートです。そう信じてください」
って誇らしげに言っていた。
その講義を聞いてからそうゆう考え方をしたこと無かったら
結構衝撃的だった。
と同時に「美」に対する説明が講義では一切なかった。
でもまぁはじめやからかなって思ってたけど
最後まで無かった。
二回目が三回目の講義ぐらいかな
先生が受け持った生徒が映像の賞をとったらしい。
先生は自慢げにそう言って、講義の時に見してくれた。
見る前はどんな作品なんやろうとか思って
めっちゃ期待してたら、なんかありきたりな
公共広告機構です
みたいなcmのような作品だった。
そん時にちょっと違和感があった。
その講義も終わって、次の講義で
アンディーウォーホルのマリリンモンローが
いっぱい載ってるやつを見してくれた。
その作品のメッセージはアートを身近に感じてほしい
みたいなことやったと思う。
またそれに違和感があった。
生徒の賞を獲ったcmみたいな映像作品も
アンディーウォーホルの作品もアートだと思わない。
賞を獲った作品は本当にありきたりだった。
小田和正は流れてなかっただけやけどほんまにあんな感じ。
この賞を獲った人は先生の考え方と再生産しているようにしか思えない。
パソコンを使って映像を作って、この人の個性なんか見えてこない。
発想力ないんじゃないんってその作品を見て思った。
でもきっとこの作品を作った人はこれがアートって信じてるんだろう。
再生産されてるってことに気付いてないんだろう。
アンディーウォーホルの作品は発想力はびっくりするぐらいあると思う。
革命的な作品だと思う。だれでも作ろうと思えば作れてまうじゃないか。
きっと大量生産とかした?かもしれん。やろうと思えば出来るだろう。
それにより、誰もがアートに触れることが出来る。ええことやん
でもそもそもの価値がなくなったと感じた。生徒の作品もアンディーウォーホルにしても。
そもそものアートの価値って
「美しい」
ってゆうことじゃなかったけ?
その講義で美しいと思った作品は少なかった。てかほぼ無かった。
ほとんど発想力重視の作品ばかりだった。
誰でもアーティストになれるっってゆうけど
ただ自分の考えを発信するだけってのは
アーティストなんかじゃない
それはまた別の名前がつけなければならんと思う。
現代のアートは美を追求するってのが無いんかな
きっとおれの無知のせいもあるけど。
だからその反対に自分の体で「美」を表現する
フィギアスケートに対しての関心が高かったんかな
知らんけど
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