僕は国際交流・国際協力支援団体CLUB GEORDIEに所属していて、そこでイスラーム、キリスト教、仏教を取り扱うイベントを作ります。作ると言ってもイスラームのことは全然わからんし、ムスリムの人に会いたい!!って話になって、そこで今日は神戸にあるモスク(イスラム教徒にとっての教会のようなもの)に行ってきた。
そのモスクは神戸の生田神社のすぐ近くにあって、日本で一番古いモスクらしい。
しかもその近くにユダヤ教の教会とか、プロテスタントやカトリックの教会もあった。
それに加え寺もあるという密集地帯。
今度はユダヤ教の教会に行こうと考えながら。
事前にアポを取っていて、牧師さん(?)から話を聞くことができた。
自分はやっぱりメディアの影響かなんかでイスラム教徒のことをちょっと怖いと思っている
と正直に言うてみた。そしたら牧師さんが
「原理主義者たちは間違っている。
アッラーには99の名前があって、その中の1つにアッサラームという言葉がある。
その意味は平和という意味です。」
て言ってた。また
「メッカに向かってお祈りをするとき、隣に座っている人の
平和のために祈る祈りもあります。」
とも言ってた。
はっきりとおれはイスラム教のことやキリスト教のことを
知らんけど、確実に平和を祈る宗教なんやなと思った。
その牧師も原理主義者のことについて聞くってゆう
ナイーブな所も全部答えてもくれた。
あと日本人の若者は宗教に対して無関心な点について尋ねてみたら
「宗教の無い生活はdryだ。
生きるために食べ物を食べる。これは体を正常に保つため。
そして魂のために信心を持つ。これは魂のために。
魂のために何もしなかったら、dryになってしまう。」
と。腹が減っては戦どころか何も出来んのに
魂のために何もしてないのはそら大変だ。
だから自殺が多いのでは?と牧師はおっしゃった。
一日に5回お祈りの時間があって、
僕たちはちょうどお昼のお祈りに立ち会わせてもらうことになった。
男は一階、女の子は二階。
男は僕だけだったので、僕だけ一階でお祈りを見学させてもらった。
見ていたら牧師の先生が
「してみたら?」
って言うてきたからしてみることになった。
周りにはイスラム教徒の人が4、5人。
おれは明らかに浮いていたけど、やってみた。
メッカに向かって頭を絨毯につける。
普段せんような体勢やから頭に血が上る。
どくどくと音を立てて血が流れているのがすごい分かった。
最初はどうやってしたらえええかわからんくて、ちょっと見ながらやってたけど
慣れてきたら自分のペースで何回も頭を絨毯につける。
わかりあえるように
世界が平和になりますように
祈ることとか日常生活で無いことやから
きっと非日常な感覚を味わうのかなと思ったけど、
そんなことなかった。
周りのイスラム教徒は毎日来てるらしい。
その人たちから出る雰囲気が祈りを
日常にしてくれたというか、日常を見せてくれたとゆうか。
体験してみて、イスラム教が身近になった。
他の神に対して、祈ること。
理由ははっきりせんけど
すごく気持ちよかった。
こんな感触を世界中の人が味わえば
宗教問題は一歩前に進めると思う。
ほんま行ってよかった。
みなさんもぜひ。
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