この本はちょっと古い。
9.11が起こる前の2000年に書かれてる。
自分はこれまでアフガニスタンに関して知っていたことは
・イスラム原理主義の巣窟
・女性の権利が全くない
・難攻不落の国
ってゆうことしか知らなかった、というかこうゆう偏見、イメージを持っていて、
ネガティブなイメージが起きてしまった原因については全く知らなかったし、考えもしなかった。
大方宗教が絡んでややこしいんやろなぐらいしか思ってなかった。
この本はタイトルで買ってしまった
自分が小さい頃、どっかの山を刳り貫いて作ったような大きな仏像がどっかーんって崩れる映像を見た記憶があって、きっとこの本はあの仏像のことを言ってるんやなーと思った
そろそろ本の内容
まずアフガニスタンにある問題は、雇用がないという問題
アフガニスタンは遊牧でずっと生計を立ててきたけど、書かれた当時は旱魃がひどくて、生計を立てることは不可能だった
遊牧で生計を立ててきたせいで、羊が中心の生活になる
羊が食べる草が無くなったら、そこから移動する
生活が出来なくなったら、移住するのが当然になってくる
だからアフガニスタンの人口の30%が難民になる
これは雇用が無いから、移住する人の例
アフガニスタンに残る人は何をするのか
麻薬を作って密輸出する
アフガニスタンで作られた麻薬は世界の麻薬の50%らしい
本来ならアフガニスタンに金が流れるはずだけれど、中間の業者が掠めとってしまう
で作った人たちにお金がいかない 麻薬の世界でもフェアトレードは行われてないってゆう
アフガニスタンから出て行く人の中で、パキスタンに行く若者がいる
彼らはイスラームの神学校に行くことが出来る
そこで読み書きをクルアーンを通して学ぶ
そこで十分にクルアーンの内容が理解出来れば、ターリバーンに入り、イスラム戦士になる
イスラム戦士になるまでの過程で、読み書きを学び、さらにご飯も食べさしてくれる
アフガニスタンにいる時は食べることにも困ってたのに
そらパキスタンに行ってしまう
本の内容は著者の思いが詰まっていた
一番心に残った一文がこれ
先頃、全世界の人びとの悲哀を掻き立て、文化人や芸術家は誰も彼もが、破壊された仏像を守れ、と叫んだ。しかし、旱魃によって引き起こされた凄まじい飢饉のためにアフガニスタンで100万人の人びとの差し迫っている死については、国連難民高等弁務官の他に懸念を表明する人がいなかったのはなぜか。「仏像」の破壊については皆声高に叫ぶのに、アフガンの人びとを飢えで死なせないために、なぜ小さな声も上がらないのか。現代の世界では人間よりも像の方が大事にされるというのか
この一文が自分にとってこの本の一番大きな問いかけだった
自分はこの本を仏像が崩れたあの時のか〜って思いながら買った
アフガニスタンの飢餓で苦しんでいる人びとのことなんか知りもしなかった
この問いかけには答えがありすぎて自分で選ぶ自信、勇気が無い
でもこの問いかけは忘れたくない
2010年10月30日土曜日
2010年10月25日月曜日
難民映画祭 振り返る
自分は難民問題に多少は問題意識があるが、強烈な問題意識があるということではない。
でもなんだかんだで大学生活において難民問題と毎年何らかの形で関わっている。
自分が所属しているクラブ・ジョーディは世界難民の日である6月20日に合わせて難民問題に関するイベントを毎年開催している。
一回生の時はキャンパス内の写真展のスタッフ。
二回生は大阪に出て募金活動。
三回生は流れでイオンモール神戸北で写真展とミニWS。
ほんまに毎年関わってる。強烈な問題意識はないけど。
この映画も偶々日が空いてたから来てみようみたいな
難民問題はどうにかせんとあかんけど、自分なりの解決策が見えてこないからそんなに興味が持てないのかなと今になって思う。これらのイベントを通して、参加者の国際問題に取り組むきっかけになればなと思ってイベントを作ってきた気がする。やっぱ主催者は問題意識持っとかなあかんな。話してもまとまってないし、何よりやっぱ熱意が無かったら参加者の心に思いは届かんわ。中途半端な気持ちでイベントやってたことは正直否定できん。反省。
まぁ映画のことを振り返ろう!!!w
二本続けて映画みたからやっぱ疲れた。
二本ともめっちゃ心に訴えかけてくるものだった。
移民大国アメリカでさえ、難民の扱いは非常にひどかった。
閉鎖的な日本だったらもっとひどいものだろう。
善良な人間でも不法入国者として扱われ、拘置所かな?なんせ自由な生活が出来なくなる。
ほんまに大問題やと思う。
解決出来たらいいなと思う。
けれど、これは今の自分の解決すべき問題ではないと思ってしまう。
映画を見たせいか、心の部分で難民問題を見てしまう。
頭で見れていない。
頭で考えられることが出来たら、きっと難民問題に強烈な問題意識を持つだろう。
そのときまでは、今ある自分の問題意識を深め、その問題を解決しようと思う
でもなんだかんだで大学生活において難民問題と毎年何らかの形で関わっている。
自分が所属しているクラブ・ジョーディは世界難民の日である6月20日に合わせて難民問題に関するイベントを毎年開催している。
一回生の時はキャンパス内の写真展のスタッフ。
二回生は大阪に出て募金活動。
三回生は流れでイオンモール神戸北で写真展とミニWS。
ほんまに毎年関わってる。強烈な問題意識はないけど。
この映画も偶々日が空いてたから来てみようみたいな
難民問題はどうにかせんとあかんけど、自分なりの解決策が見えてこないからそんなに興味が持てないのかなと今になって思う。これらのイベントを通して、参加者の国際問題に取り組むきっかけになればなと思ってイベントを作ってきた気がする。やっぱ主催者は問題意識持っとかなあかんな。話してもまとまってないし、何よりやっぱ熱意が無かったら参加者の心に思いは届かんわ。中途半端な気持ちでイベントやってたことは正直否定できん。反省。
まぁ映画のことを振り返ろう!!!w
二本続けて映画みたからやっぱ疲れた。
二本ともめっちゃ心に訴えかけてくるものだった。
移民大国アメリカでさえ、難民の扱いは非常にひどかった。
閉鎖的な日本だったらもっとひどいものだろう。
善良な人間でも不法入国者として扱われ、拘置所かな?なんせ自由な生活が出来なくなる。
ほんまに大問題やと思う。
解決出来たらいいなと思う。
けれど、これは今の自分の解決すべき問題ではないと思ってしまう。
映画を見たせいか、心の部分で難民問題を見てしまう。
頭で見れていない。
頭で考えられることが出来たら、きっと難民問題に強烈な問題意識を持つだろう。
そのときまでは、今ある自分の問題意識を深め、その問題を解決しようと思う
2010年10月23日土曜日
『看取りのWS』 振り返る
10月16、17日に行われた『看取りのWS』を振り返る
看取りというテーマに引かれてこのWSに参加したのではない
年に一度開かれるWSに自分は一回生の時から毎回参加している
死という答えがない問いをこのWSで問いかけられ、その問いに答えられずに毎回もやもやしながらかえっていた。で、何日かはその問いを引きずる。でも死ってゆうテーマについて二日通して考える機会は普通ありえんし、死というものを知りたいから自分は参加している
今年のゲストはホスピスの人がきた
延命治療ではなく、残された時間を有意義に使おうというのが、ホスピスの人を救うってゆう考え
だからその人は当日も一人看取ってきたそうだ
それに自分はまずびっくりした
人が息を引き取る瞬間をみた後にWSのゲストとして参加するそのモチベーションというか、その論理転換って何?
ってほんまに混乱した
その人の話は衝撃的すぎた
この人と同じ時間をおれは過ごしてるんやって思ったら頭がクラクラしてきそうだった
これまでに500回以上は看取りをしてきたらしい
それ聞いただけでもう想像がつかなかった
その人の話では看取った後に亡くなった後に体を拭くときに、そこにいるみんなが癒されるらしい
亡くなる前ってのは、介護が大変だったり、遺産相続の問題があったり
でもその体を拭くってゆうので、みんなでそれまでの苦労というか、いざこざが無くなるらしい
そこでそのシチュエーションにいる人はそれで癒されるけど、でもそれって生き残っている側の自己満足じゃないんかな?って考えてしまう。死んだからといってそれで終わらしていいんかな?
自分も春に祖母が死んであまり祖母に恩返しというのが出来なかったことを後悔していた
でもゲストの話を聞いて、なんか心がすっとした
『あなたは悪くないよ』って言われて。
その時は泣きそうなぐらい、おれも癒されたけど、やっぱり自分が悪いと思う
だってあんまり関われなかったし
この後悔は忘れたくない
一日目はこんな感じ
二日目は自分はどうやって看取られたいかってテーマ
自分は死の痛みをちゃんと味わって死にたいと言った
生きている者としての最後の責任が死をきちんと味わうということだと思って
理由ははっきりせんけど、そう思う。
死は大きなエネルギーを持つものやと再確認した
看取りというテーマに引かれてこのWSに参加したのではない
年に一度開かれるWSに自分は一回生の時から毎回参加している
死という答えがない問いをこのWSで問いかけられ、その問いに答えられずに毎回もやもやしながらかえっていた。で、何日かはその問いを引きずる。でも死ってゆうテーマについて二日通して考える機会は普通ありえんし、死というものを知りたいから自分は参加している
今年のゲストはホスピスの人がきた
延命治療ではなく、残された時間を有意義に使おうというのが、ホスピスの人を救うってゆう考え
だからその人は当日も一人看取ってきたそうだ
それに自分はまずびっくりした
人が息を引き取る瞬間をみた後にWSのゲストとして参加するそのモチベーションというか、その論理転換って何?
ってほんまに混乱した
その人の話は衝撃的すぎた
この人と同じ時間をおれは過ごしてるんやって思ったら頭がクラクラしてきそうだった
これまでに500回以上は看取りをしてきたらしい
それ聞いただけでもう想像がつかなかった
その人の話では看取った後に亡くなった後に体を拭くときに、そこにいるみんなが癒されるらしい
亡くなる前ってのは、介護が大変だったり、遺産相続の問題があったり
でもその体を拭くってゆうので、みんなでそれまでの苦労というか、いざこざが無くなるらしい
そこでそのシチュエーションにいる人はそれで癒されるけど、でもそれって生き残っている側の自己満足じゃないんかな?って考えてしまう。死んだからといってそれで終わらしていいんかな?
自分も春に祖母が死んであまり祖母に恩返しというのが出来なかったことを後悔していた
でもゲストの話を聞いて、なんか心がすっとした
『あなたは悪くないよ』って言われて。
その時は泣きそうなぐらい、おれも癒されたけど、やっぱり自分が悪いと思う
だってあんまり関われなかったし
この後悔は忘れたくない
一日目はこんな感じ
二日目は自分はどうやって看取られたいかってテーマ
自分は死の痛みをちゃんと味わって死にたいと言った
生きている者としての最後の責任が死をきちんと味わうということだと思って
理由ははっきりせんけど、そう思う。
死は大きなエネルギーを持つものやと再確認した
『学生大阪維新の会』発足式 振り返る
10月13日に行われた『学生大阪維新の会』発足式を振り返りたい
第31回政策情報交流会で知り合った友人に誘いを受けてこの式を知った
偶然お世話になってる先輩もこれとつながりがあるみたいだったので、おもしろそうと思って行ってみた
会場は大阪市中央公会堂というとても立派な建物だった
会場の外では維新の会の学生が受付とかをしていた
一番熱い志を持っている学生がこんなことするのかーつらいなーと思ってしまった
建物の内部も豪華な作りだった
学生がめっちゃいた
まぁそんなことはどうでもいい
式が始まって、橋下知事の講演が始まった
情熱的に、学生の心を熱くさせる、話し方だった
自分は後ろの方に座っていて、学生は前のめりになって話をきいているさまはちょっと怖かったけども
個人的にインパクトがあった話は
これからは国同士で争うのではなく、都市で争っていく
という話だった
都市がアクターとして重要な力を持つという、新しい視点だった
でもそれと同時に同じ国内の都市での格差が広がっていくのではないかという懸念をもった
例えば大阪がこれから発展し、近隣の都市からヒト、モノ、カネが大阪に集まる
ということは大阪以外の都市、町は弱る。
これでは姫路が大変だ!!!!
維新の会はこれからきっと大きな変革をもたらすだろうから、姫路もそれに対応せねば!!!
って思った。
そう思っていたら知事の話はおわり、学生維新の会の代表の話が始まった
大声で学生大阪維新の会を援助してってゆうてた
代表だけがすごくかっこ良く見えた
代表だけが目立っていた。
他の学生はそれでいいん?
他の一人の学生の成長のために多くの学生のチャンスがなくなってしまう
それはおかしいだろう
なんか学生大阪維新の会もったいないなーと思った
第31回政策情報交流会で知り合った友人に誘いを受けてこの式を知った
偶然お世話になってる先輩もこれとつながりがあるみたいだったので、おもしろそうと思って行ってみた
会場は大阪市中央公会堂というとても立派な建物だった
会場の外では維新の会の学生が受付とかをしていた
一番熱い志を持っている学生がこんなことするのかーつらいなーと思ってしまった
建物の内部も豪華な作りだった
学生がめっちゃいた
まぁそんなことはどうでもいい
式が始まって、橋下知事の講演が始まった
情熱的に、学生の心を熱くさせる、話し方だった
自分は後ろの方に座っていて、学生は前のめりになって話をきいているさまはちょっと怖かったけども
個人的にインパクトがあった話は
これからは国同士で争うのではなく、都市で争っていく
という話だった
都市がアクターとして重要な力を持つという、新しい視点だった
でもそれと同時に同じ国内の都市での格差が広がっていくのではないかという懸念をもった
例えば大阪がこれから発展し、近隣の都市からヒト、モノ、カネが大阪に集まる
ということは大阪以外の都市、町は弱る。
これでは姫路が大変だ!!!!
維新の会はこれからきっと大きな変革をもたらすだろうから、姫路もそれに対応せねば!!!
って思った。
そう思っていたら知事の話はおわり、学生維新の会の代表の話が始まった
大声で学生大阪維新の会を援助してってゆうてた
代表だけがすごくかっこ良く見えた
代表だけが目立っていた。
他の学生はそれでいいん?
他の一人の学生の成長のために多くの学生のチャンスがなくなってしまう
それはおかしいだろう
なんか学生大阪維新の会もったいないなーと思った
いい旅♪神気分 振り返る
やっと終わったってゆうか終わってから二週間も経ってしまったけど、振り返ろう。
できたこと、またできなかったこと。
個人的にはやっぱり同じ団体の女の子との出会いが大きかった。彼女とはいつからかわからへんけど、宗教のことについて議論とゆうか自分の意見をぶつけあってたな〜
ほんでいつか忘れたけど彼女が自分はクリスチャンになりたいって聞いた時はびっくりした。
信仰が揺らいでいる状態から信仰が深まっていく過程をみることが出来てよかった。こんな経験はあんまないやろし
出会った頃は信仰に迷いがあったけど、今では敬虔なクリスチャンだとおれは思う。
この出会いが無かったらおれはこのイベントしてなかったやろな
初めてモスクに行ったときは緊張したな〜
結構直前にアポもとったしなw
電話でイマーンと話したけどあんま通じひんかったときの焦りはやばかった
それだけでやっていけるんやろかって思ってしまった。
モスクは神戸の北野にあるが、iPhoneがなかったらきっと辿り着けなかっただろうwジョブスに感謝ということだ
イマーンはとても優しくて一時間以上お話をしてくれた。
そのときの印象に残った話はちゃんとノートにメモってる。
アッラーにはたくさんの名前がある。その中に『平和』ってゆう名前もある。
当時のおれはイスラームに大しての偏見をかなり持っていた。
イスラームはタリバン、アルカイダを生んだ攻撃的な宗教なんだとゆう偏見を持ったいた。
なのに、アッラーの名前の一つに『平和』という名前があることには衝撃を受けた。
あと、アッラーに祈るときに横に座っている人に
「あなたに平和がありますように」って横に座っている人のために祈る。
この平和な感じはなんだろう?
自分がこれまで持っていた偏見はなんなんだろうって思った。
たくさんお話をしてくれたあと、イマーンがおれにお祈りしたら?って誘ってきてくれたからおれはお祈りをしてみた。
普段頭を地面に当てるってことなんか無い。
でもおれは純粋な気持ちで、邪な気持ちを持たずに祈った。
生活しているなかで誰かの平和を祈るほとんど時間はない。
世界平和を実現したい!!とかってゆうてる割に。
一日五回も祈ってるムスリムの方がおれより平和を願ってる。イスラームに対して偏見を持っている自分が恥ずかしくなったなー
ほんまにいい経験を出来たと思う。
。。。。。。
このままでは当日の振り返りが出来ない。
当日の振り返り!!!
当日は雨
めっちゃなえた。
でも原因はてるてる坊主を作っていないPTがいたからだ!!!
まぁ雨はしゃーない。
当日はほんま時間に追われていて、お話は全く耳に入ってこなかった。
しかも結構ぐだった。
でも参加者は楽しんでくれていた。
それでもういいかって思ってしまったw
あかんなー
ちゃんと反省会もせなな!
この企画をしていて、需要は絶対に大きいと確信した。
だから来年もしてくれたらな〜って思ってるけど、なかなか難しいかなw
まぁ来年もし開催したら絶対行きたいなー
純粋に参加者として行きたいなー
できたこと、またできなかったこと。
個人的にはやっぱり同じ団体の女の子との出会いが大きかった。彼女とはいつからかわからへんけど、宗教のことについて議論とゆうか自分の意見をぶつけあってたな〜
ほんでいつか忘れたけど彼女が自分はクリスチャンになりたいって聞いた時はびっくりした。
信仰が揺らいでいる状態から信仰が深まっていく過程をみることが出来てよかった。こんな経験はあんまないやろし
出会った頃は信仰に迷いがあったけど、今では敬虔なクリスチャンだとおれは思う。
この出会いが無かったらおれはこのイベントしてなかったやろな
初めてモスクに行ったときは緊張したな〜
結構直前にアポもとったしなw
電話でイマーンと話したけどあんま通じひんかったときの焦りはやばかった
それだけでやっていけるんやろかって思ってしまった。
モスクは神戸の北野にあるが、iPhoneがなかったらきっと辿り着けなかっただろうwジョブスに感謝ということだ
イマーンはとても優しくて一時間以上お話をしてくれた。
そのときの印象に残った話はちゃんとノートにメモってる。
アッラーにはたくさんの名前がある。その中に『平和』ってゆう名前もある。
当時のおれはイスラームに大しての偏見をかなり持っていた。
イスラームはタリバン、アルカイダを生んだ攻撃的な宗教なんだとゆう偏見を持ったいた。
なのに、アッラーの名前の一つに『平和』という名前があることには衝撃を受けた。
あと、アッラーに祈るときに横に座っている人に
「あなたに平和がありますように」って横に座っている人のために祈る。
この平和な感じはなんだろう?
自分がこれまで持っていた偏見はなんなんだろうって思った。
たくさんお話をしてくれたあと、イマーンがおれにお祈りしたら?って誘ってきてくれたからおれはお祈りをしてみた。
普段頭を地面に当てるってことなんか無い。
でもおれは純粋な気持ちで、邪な気持ちを持たずに祈った。
生活しているなかで誰かの平和を祈るほとんど時間はない。
世界平和を実現したい!!とかってゆうてる割に。
一日五回も祈ってるムスリムの方がおれより平和を願ってる。イスラームに対して偏見を持っている自分が恥ずかしくなったなー
ほんまにいい経験を出来たと思う。
。。。。。。
このままでは当日の振り返りが出来ない。
当日の振り返り!!!
当日は雨
めっちゃなえた。
でも原因はてるてる坊主を作っていないPTがいたからだ!!!
まぁ雨はしゃーない。
当日はほんま時間に追われていて、お話は全く耳に入ってこなかった。
しかも結構ぐだった。
でも参加者は楽しんでくれていた。
それでもういいかって思ってしまったw
あかんなー
ちゃんと反省会もせなな!
この企画をしていて、需要は絶対に大きいと確信した。
だから来年もしてくれたらな〜って思ってるけど、なかなか難しいかなw
まぁ来年もし開催したら絶対行きたいなー
純粋に参加者として行きたいなー
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